ラスパイレス方式とパーシェ方式で物価指数の計算値が大きく乖離する場合のカラクリを説明してきました。
その証拠もそろっているので紹介していきます。まずはCPI国際マニュアルです。
ILO(国際労働機関)などがまとめた消費者物価指数のマニュアルは、近年では2004年に出版されました。
日本統計協会が2005年3月に発行した「消費者物価指数マニュアル 理論と実践」は日本語訳です。
その本の471ページの一部を写真撮影したのが次の図。「15.81」の一節を注意深く読んでみてください。
筆者がたびたび指摘しているポイントと見事に重なります。
「固定基準ラスパイレス」は、指数の基準年を何年かの間固定して計算するラスパイレス方式です。
総務省統計局が担当の日本のCPI統計は、指数基準年を5年おきにしているから、これに当たります。
マニュアルには「固定基準ラスパイレス指数使用の主な問題点は、
「時点tで価格を調べる時点0の固定商品買い物かごが時点tの買い物かごと
かなり異なることがしばしば起こり得ることである」と書いてあります。
この意味は「指数基準年の買い物かごと比較する時点の買い物かごの構造が
かなり異なることがしばしば起きる」ということです。
続いて、「したがって、もし指数買い物かごの価格及び数量の少なくとも一部に系統的な傾向があれば、
固定基準ラスパイレス物価指数は対応する固定基準パーシェ物価指数とかなり異なることがあり得る。
このことは、両指数とも考察している期間を通した平均価格の動向の不適切な表現である恐れがある」と書かれています。
パソコンやカメラについては「指数買い物かごの価格や数量の一部に系統的な傾向」という文言がぴったり当てはまります。
価格指数は激しい下落が続きました。数量については、表面上は数字が出ていないものの、計算上の数量は急増。
「価格指数低下プラス数量増加」という系統的な傾向は明確でした。
マニュアルは、こうした状態について
「両指数とも考察している期間を通した平均価格の動向の不適切な表現である恐れがある」と説明しています。
「不適切」であると明確に書いてあります。
その上、このページの欄外の注釈にもっとはっきりしたことが書いてあります。
「急速な下落傾向にある価格と上向きの傾向にある数量の例は、
コンピュータ、あらゆる種類の電子機器、インターネットへのアクセス及び通信料金である」。
筆者は、ラスパイレス方式とパーシェ方式の計算値が乖離するカラクリを繰り返し指摘。
その要因としてパソコンなどの影響が大きいことを説明しています。
国際マニュアルでも
「コンピュータ、あらゆる種類の電子機器」とパソコンなどを名指ししているのです。
今世紀初めごろの世界各国のCPIには、IT技術が駆使された電気製品の影響が強く出ていました。
そのために、ラスパイレス方式とパーシェ方式の計算値が乖離する現象が起きていたのです。
日本のCPI計算では通常は、まったくパーシェ方式を使っていません。
ところが、厚労省は生活扶助相当CPIを計算するときに、
実質はパーシェ方式である厚労省方式で計算しました。
乖離の問題が大きくなる計算方式をわざわざ使ったのです。
「こういうことが起きるから、この方式は不適切」
とマニュアルが指摘していることを厚労省は実行したのです。
この当時の日本のCPIでは、ラスパイレス方式で計算した場合でも、
デジタル家電の影響でCPI変化率が高く出る問題がありましたが、
誤差の程度で言えば、パーシェ方式に比べると小さかったのです。
日本の消費者物価指数の世界では、パーシェ方式での計算は普段はまったく行われていません。
ただ、総務省統計局は例外として「パーシェ・チェック」を5年に1回行っています。
統計局は、CPIの基準改定のときにCPI買い物かごの支出額ウエイトを見直します。
ウエイトがどれほど実態とずれているかなどを考えるためのチェックです。
例えば、2005年〜2010年のCPI変化率の計算をラスパイレス方式とパーシェ方式でやってみて、
両方式の計算値の差がどれだけあるか調べるです。
この場合に使うCPIの種類は「持ち家の帰属家賃を除く総合指数」です。
次の図は、総務省統計局の資料を筆者が整理したものです。
5つの期間について、ラスパイレス方式とパーシェ方式とでCPI変化率がどれだけ違うかを示しています。
図を見れば一目瞭然で、両方式のCPI変動率の差は、2005年〜2010年の期間が6ポイント台と異様に大きい。
次いで、2000年〜2005年の期間が2ポイント台で大きい。
2000年からパソコンがCPI対象品目になった影響で、2000年以降に両方式の差が開くようになりました。
2005年〜2010年の期間は、パソコンやカメラの影響だけでなく、
パーシェ方式で計算したときにテレビの影響がすさまじく大きくなるというカラクリがあって、
両方式の差が異様なほど開きました。2012年以降にデジタル家電製品の価格指数があまり下がらなくなったので、
2010年〜2015年の期間は両方式の差が目立たなくなったのです。
2008年〜2010年の生活扶助相当CPIの下落率が厚労省方式で膨らんだのと共通のカラクリがあるのは、
2005年〜2010年のパーシェ方式です。筆者が実際に計算してみると、
テレビやパソコンなどのデジタル家電製品の影響の異様な大きさが確認できました。
統計局方式(ラスパイレス方式)と厚労省方式(パーシェ方式)の計算結果の概要を
いつもの「100万円ベース買い物かご」形式の計算表にまとめたのが次の図です。
厚労省方式では、買い物かご合計代金は2005年〜2010年で73072円減っています。
その減少分のうち70304円は、テレビやノートパソコンなど5品目によるものなのです。
7%近い下落率はほとんどがデジタル家電の影響という理屈です。。
これが異様であることは誰の目にも明らかでしょう。
物価指数の計算でデジタル家電の項目の影響が強く出すぎて政府が対応に追われたことがあるので、
もう一つの重要証拠として指摘しておきます。
この場合の物価指数はGDPデフレーター。
GDP(国内総生産)成長率には、物価の影響を勘案しない名目成長率と、
物価の影響を勘案する実質成長率がある。
その実質成長率を出すときに使うのがGDPデフレーターである。
GDPデフレーターは、計算のもとになっている数字が細かく公表されているわけではないが、
パーシェ方式の計算であることはよく知られている。
問題になっていた時期は、2003年〜2004年。そのころまでのGDPデフレーターは、
消費者物価指数と同じように指数の基準年をしばらく固定しておく固定基準年方式を取っていた。
当時のGDPデフレーターの指数基準年は1995年になっていて、
GDPデフレーターを測定しようとする比較時点との時間的開きが大きかった。
その方式に問題があるということで、内閣府は2004年12月から、
指数の基準年を順次新しいものに変えていく連鎖方式に変えた。
なぜ連鎖方式に変えねばならなかったのか。GDPデフレーターの下落率が、
消費者物価指数の下落率に比べてかなり大きいという現象がその当時存在し、
エコノミストたちから批判を受けていたのである。
ここで日本経済新聞の2004年12月9日の記事を紹介してみます。
計算方式変更の理由、旧方式での不具合などがしっかり説明されている。
「従来のデフレーターの算定方式では、
パソコンなど技術革新が急ピッチで価格が下落しやすい製品の影響が大きく出る欠点があった。
価格を比べる基準年が1995年と古かったこともあり、特に情報技術(IT)関連の品目が普及したここ数年、
消費者物価などと比べた下落の大きさが問題になっていた。
『連鎖方式』と呼ばれる新方式では、価格を比べる基準年を毎年更新することで、
特殊要因を最小限に抑えることができるとされる」。
「新方式の導入により、物価動向の風景ががらりと変わった。
速報値で前年同期に比べ2.1%だった7−9月期のデフレーターの下落率は1.3%にほぼ半減。
特にIT投資が増加した影響で
『過大統計』の主犯とされていた設備投資デフレーターの下落率は2.4%から1.1%に大幅に縮小した。
前年比横ばい近辺まで浮上している消費者物価指数(生鮮食品除く)に比べると、
デフレーターの下落率はまだ大きいが、
『緩やかなデフレが続いている』(竹中平蔵経済財政担当相)とする政府のデフレ認識に統計が近づいた形だ。」
「旧方式で3.2%だった2003年度の実質成長率は新方式での算定により、1.9%に下方修正された。
景気回復で03年度に3%成長を達成したとみられていた日本経済だが、幻に終わった形だ」。
記事を読めば、すぐに分かります。「幻の3%成長」の原因になったのが、
GDPデフレーターの不適切な計算方式だったのです。
2003年、2004年のころは、エコノミストらがGDPデフレ−ターの算出方式を問題視していました。
例えば2003年には、日銀経済調査課の古賀麻衣子氏が、「経済点描」という論文の中で、
GDPデフレーターの特徴、GDPデフレーターはなぜ下方バイアスが大きいのか、
パソコンなどの影響が強く出ている、といった点を説明しています。
第一生命経済研究所の熊野英生氏の2003年の論文は、題名が「疑惑のGDPデフレーターを考える」、
副題が「品質調整バイアスが実質GDPを押し上げる」となっています。
デジタル家電の品質調整の影響が強く出すぎて、
GDPデフレーターの下落率が過大になっていることを強く指摘した論文です。
2氏の論文は、キーワード検索で見つけることができます。じっくり読んでみられるといいでしょう。
その当時、既にエコノミストの世界では、
「連鎖方式でないパーシェ方式ではデジタル家電の強烈な影響で物価下落率が過大になる」と分かっていました。
その連鎖方式でないパーシェ方式を厚労省がわざわざ使ったのです。
もう一つ重要なポイントがある。2005年〜2010年の時期は、
この厚労省の実質パーシェ方式と通常の統計局のラスパイレス方式で計算した消費者物価指数の変化率の乖離が大きかった。
このことは生活扶助相当CPIでなくても、さまざまな種類のCPIでも同様なのである。
次の表と図は、2006年、2007年、2008年、2009年の
CPI総合指数を通常方式である統計局方式と厚労省方式の両方の方式で計算した計算値とそのグラフ。
厚労省方式の総合指数の計算値と生活扶助相当CPIの統計局方式の計算値は、筆者が試算しました。
支出額ウエイトの参照年と価格指数を100とする年は、統計局方式が2005年、厚労省方式が2010年です。
統計局方式のCPIの計算値は2005年=100の数字なので、接続の手法で2010年=100に変換しました。
2006年〜2010年、2007年〜2010年、2008年〜2010年の下落率は、
CPI総合指数でも厚労省方式の方が目立って下落率が大きいのです。
パソコンやテレビなどの「計算上の数量」が異様に多くなる厚労省方式の計算は
「下落率が膨らむ計算方式」と言えます。
生活保護の利用者だけが、突然出てきた「第二消費者物価指数」によって
生活保護費を大幅削減されてしまうのは、あまりに酷い人権侵害だと筆者は考えています。
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