物価偽装
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テレビは、パソコンやカメラとは事情が大違いです。
下の図は、総務省統計局が実施している小売物価統計調査の東京都区内の数値を示したグラフ。
2005年〜2010年には、ノートパソコンやカメラは現実の販売価格は大きな変動がありませんでした。
ところが、テレビは現実に小売価格が急落していたのです。
消費者物価指数統計の対象品目の中では、
このころのテレビの販売状況の変化の大きさは相当に目立つものでした。
2005年〜2010年の消費者物価指数計算で対象にしているのは「薄型テレビ」。
従来のブラウン管テレビに替わって、薄型テレビは2005年ごろから売れ始め、
2010年を中心に販売台数が猛烈に増加。販売価格の激落ぶりも目立ちました。
パソコンやカメラでは、品質調整によって価格指数が低下して数量が増加したとみなしました。
一方、テレビの場合は、小売価格の激落や販売数量の激増が実際にあったわけです。
ここでも、「100万円ベース買い物かご」の中のテレビ代金の数字を示して説明します。
上の図のように2005年、2008年、2010年ともテレビ代金は、
2010年を比較時点としたパーシェ方式の計算値が2005年を基準時点にしたラスパイレス方式の計算値より断然大きい。
各年とも12.1倍大きいのです。この12.1倍が2005年〜2010年の計算上の数量増加倍率です。
ラスパイレス方式→パーシェ方式の切り替えで、物価指数変化率へのテレビの影響力は約12倍に膨らんだのです。
テレビの場合は、品質調整ではなく、別の重大な問題があります。
2010年がテレビ販売の世界での「特別な年」なのです。
次の図を見てください。業界団体による薄型テレビの国内出荷統計です。
2010年の水準は、2005年、2006年、2013年、2014年、2015年といった年と比べると
5倍とか6倍ぐらいに猛烈に膨れ上がっています。2010年に向かって販売台数が急増した理由は2つ。
まず、2011年7月からの地デジ化。古いブラウン管テレビを見ている人などが、
そのままではテレビが見られなくなるので、テレビを見続けようと、薄型テレビに買い替えました。
さらに、2009年5月15日〜2011年3月31日に実施された家電エコポイント制度の影響が大きかったのです。
テレビの家電エコポイントの付与率は途中の2010年12月からほぼ半減となったので、
その直前の2010年秋を中心にテレビが猛烈に売れました。
こういった事情でテレビ需要が特別に伸びた年の消費構造を消費者物価指数の計算に使うと、
テレビの影響が大きく出すぎるという問題が発生します。
総務省統計局の通常の方式で2008年〜2010年の消費者物価指数変化率を計算するときは、
基準年である2005年の消費構造をもとに計算するので、2010年の消費構造は関係ありません。
ところが、厚労省は2010年を比較時点にした実質的なパーシェ方式で
2008年〜2010年の生活扶助相当CPI変化率を計算しました。
この独自方式だと、テレビが異常に売れた2010年の支出構造を反映した計算になります。
じっくり考えてほしいところです。
パーシェ方式だと、2008年〜2010年の期間は比較時点である2010年の購入数量で計算します。
2010年の購入数量が非常に多いのは、2010年が特別な事情がある年だからです。
「地デジ化の前にテレビを買い替えねば」「家電エコポイントの付与率が高いうちに買わねば」
といった買い急ぐ事情があったのです。
エコポイントの付与率がほぼ半減になる以前では、
テレビを買ったときはエコポイントの付与で実質的に1万円を超す値引きが受けられたりしました。
2008年の購入数量も、その特別な年の購入数量と同じであるという仮定で計算すれば、
現実とは大きく乖離してしまうことは理解しやすいはずです。
2008年にはそうした特別な事情がないのだから、
「2010年の購入数量と同じ」という仮定は本来的に成り立たないのです。
もう一つ絶対に見落としてならないのは、政府が当時、
生活保護世帯を対象にチューナーの無料配布事業を実施したことです。
これは、家計がアップアップの生活保護世帯に配慮した措置。
古いテレビを買い替えることなく地デジ化に対応できるようにしてもらうためでした。
一般世帯と違って生活保護世帯では「2010年が特別な年」という色合いが弱かった。
「地デジ化=テレビ買い替え」という図式が一般世帯ほど明確には存在しなかったわけです。
この事情も合わせて考えると、厚労省の計算がテレビの影響を甚だしく過大評価していることは明らかです。
生活保護世帯では、2010年でもテレビなどデジタル家電製品の支出額割合は非常に低いのです。
統計数字の裏付けもあります。このあたりは第3章でも説明します。
2005年〜2010年の期間の生活扶助相当CPI下落率は、
ラスパイレス方式とパーシェ方式の計算値が大きく乖離します。
その要因の一つが、2005年〜2010年でテレビの「計算上の数量」が約12倍と猛烈に増えたことです。
テレビは、価格指数も2008年〜2010年の2年間だけでもほぼ半減と急激に下落。
その上、ラスパイレス方式→パーシェ方式の切り替えによって、物価指数変化率への寄与度が膨らみました。
筆者には、この約12倍という数字が「いくら何でも大きすぎる」と思えました。
電子情報技術産業協会の出荷統計によると、この5年間に液晶テレビの出荷台数は約6倍にしか増えていません。
テレビについては、家計調査でも世帯平均の購入数量が出ているので、
現実の平均購入数量がこの5年間にどれだけ増えたかを考える材料にできます。
その家計調査を見る限り、この5年間で液晶テレビの平均購入数量は約3.5倍しか増えていないのです。
約12倍という数字は、あくまで「計算上の数量増加倍率」であり、現実とはくい違うこともありえるはずです。
筆者が考えて得られた答えは、
「この期間のテレビの価格指数の下落率がテレビの平均販売価格の下落率よりかなり大きいことが原因」というものです。
それを確かめましょう。
価格指数は小売物価統計調査がもとになっているので、現実を反映しているように思われがちですが、
実際には技術的な要因で現実とずれる場合もあります。テレビの場合はまさにそれだと考えます。
平均的な販売価格の動きと価格指数の動きが大きくずれているのです。
出荷段階の価格の平均は、経済産業省が担当の機械統計でつかめます。
2005年〜2010年の液晶テレビの平均価格を2010年=100の形に指数化してみると、2005年は191.4です。
また、家計調査での1台当たりの平均購入金額を2010年=100の形で指数化すると、2005年は131.6にすぎません。
次のグラフは、テレビ価格についての各種の指標を2010年=100の形にして比べたものです。
小売物価統計調査の数字は、東京都区部の数字を使いました。
小売物価統計とCPI統計の数字があまり変わらないのは当然のことです。
その一方で、この2つの統計と機械統計・家計調査との違いは歴然。
平均的なテレビの販売価格の推移とCPI統計のテレビ価格指数の推移は、大きく乖離しています。
2005年〜2010年で計算上の数量がどれだけ増えたのかの計算式は、
この間の「価格指数の変化倍率の逆数×支出額割合の変化倍率」であることは前に説明しました。
テレビの場合、支出額割合の変化倍率は約2.6です。
価格指数は2010年=100だと、2005年=446.4なので、変化倍率は100/446.4。
その逆数は、446.4/100つまり4.464です。
結局、式全体では約4.5×約2.6といった計算で約12倍といった数字になります。
テレビの価格の下がり方が実際には価格指数下落率ほどでなかったらどうなるでしょう。
例えば、2005年の価格指数が200だとすると、価格指数の変化倍率は100/200で、
その逆数は200/100つまり2です。数量増加倍率は2×約2.6で約5.2になります。
価格指数の下落率が大幅に縮小された上に数量増加倍率が約12倍でなく約5.2倍ということなら、
物価指数変化率へのテレビ価格の影響度は一気に小さくなるのです。
そのため、テレビの価格指数の決め方についてじっくり考えてみる必要があります。
筆者が気づいたのは、テレビについては、小売物価統計の調査をするときに
対象のテレビの銘柄がきっちり指定されていることです。
これは、同等の品質の銘柄の価格の動きを見ていくという物価統計の基本的考え方に沿っています。
しかし、テレビの場合はサイズや性能などがさまざまである上に次々と新商品が次々に出てくるので、
調査対象銘柄の価格の動きが平均的なテレビ価格の動きに沿っているとは限りません。
テレビは小売物価統計では毎年、32型の銘柄の価格が調べられてきました。
対象銘柄は細かい表現できっちり規定されている。例えば、2005年は次の通りです。
「液晶テレビ、32V型、地上・BS・110度CSデジタルチューナー内臓(搭載)…」といった具合です。
その32型は、2005年〜2010年当時、価格の下落ぶりがテレビの平均価格の下落ぶりよりかなり激しかった。
その上、32型がこの期間にずっと標準的な製品だったというわけでもないのです。
2005年は液晶テレビの出始めの時期。30型以上の液晶テレビは高価だったので、
電子技術産業協会の出荷統計では、
液晶テレビ全体の出荷台数に占める30型以上の液晶テレビの比率は36.4%に過ぎませんでした。
テレビ価格が大幅に下がった後の2010年には、この比率は68.1%にまで上昇しているので、大違いです。
小売物価統計で東京都区部の実際の32型液晶テレビ価格を見ていくと、このあたりの事情が分かります。
2005年=319860円、2006年=226210円、2007年=164239円、2008年=133198円、
2009年=96899円、2010年=68991円という推移。
2005年の約32万円といった高価な価格では購入意欲が湧かない消費者が多いでしょう。
その後、急激に32型など30型以上の製品の価格が下落し、30型以上が主流になったという経過なのです。
2005年の32型の価格では生活保護世帯が32型を購入するのは不可能に近い。
その32型の価格推移をもとにしてテレビの価格指数が決められ、結果的には生活扶助費の大幅削減につながったのです。
こういった構図は「生活保護受給世帯にあまりに過酷」と筆者は考えています。