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第1章 物価偽装とは何か

 この章では、物価偽装問題の大枠を説明します。、
物価指数の計算方法をしっかりと伝えることは不可欠ですが、
それは次章からにします。この章はすらすらと読んでください。

厚労省はどう説明したか

 政府は2013年8月から段階的に生活扶助費を削減しました。
削減率は平均で約6.5%。生活保護世帯の生活は一層厳しくなりました。
生活扶助費は、生活保護制度の中で日常生活費として支給されます。
この削減案を同年1月に公表したのが厚生労働省です。
 生活扶助費を削減する理由として示したのは「ゆがみ調整」と「デフレ調整」です。
厚労省の当時の文書をまず見てください。生活扶助費削減で年間の国予算は約670億円減少。
そのうち、約90億円は「ゆがみ調整」による分、約580億円が「デフレ調整」による分でした。



 生活保護世帯は住んでいる地域や世帯の人数、年齢などで区分されています。
そして、それぞれの区分によって支給される生活扶助費の金額が違います。
厚労省は、それぞれの区分ごとに生活扶助費が多すぎるとか、少なすぎるとか、計算しました。
そして、多すぎる区分は生活扶助費を減らし、少なすぎる区分は増やす作業をしました。
これが「ゆがみ調整です」。
 一方、デフレ調整は、公的年金の物価スライドのようなものです。
物価の変動率に合わせて、生活扶助費の金額を変える考え方です。
 収入が変わらずに物価が下がったら、生活は楽になります。
生活扶助費を1年間に100万円もらって、買い物で100万円使う世帯を考えましょう。
物価が5%下がったら、同じ内容の買い物をするときの代金は95万円になります。
5万円分は生活にゆとりができます。
そこで、生活扶助費を5%分の5万円減らすというのがデフレ調整です。
 この場合、物価下落率が本当は1%だったら、どういうことになるでしょうか。
以前と同じ内容の買い物をするときの代金は99万円必要です。
しかし、「物価が5%下がった」という理由で、生活扶助費は95万円にされています。
以前と同じ内容の買い物はできなくなっています。
ゆとりのない生活なのに、さらに生活が苦しくなります。
 こうした場合は、物価偽装が明らかになった時点で、
生活扶助費の過剰削減分の4万円を追加支給せねばなりません。
 勤労統計不正の問題では、雇用保険や労災保険などで追加給付されることになりました。

厚労省が独断的に実行

 物価下落率に連動するように生活扶助費を減らすには、物価下落率の数字を示すことが必要。
その生活扶助費削減のための物価下落率の計算を厚労省は自ら行ったのです。
 ゆがみ調整は、厚労省が社会保障審議会生活保護基準部会の意見も聞いた上で実行しました。
ところが、デフレ調整については、厚労省は同部会の意見を何ら聞きませんでした。
 消費者物価指数を担当する総務省統計局や物価指数に詳しい学者の意見も聞きませんでした。

「生活扶助相当CPIが3年間で4.78%下落」と発表

 厚労省は、物価下落の根拠として、自ら開発した「生活扶助相当CPI」の下落率を持ち出しました。
CPIは消費者物価指数(コンシューマー・プライス・インデックス)です。
「生活扶助相当」は「生活扶助費で買う品目の」という意味です。
つまり、「生活扶助費で買う品目の消費者物価指数」ということです。
 この新型の物価指数の推移を厚労省は「2008年104.5→2010年100→2011年99.5」と説明しました。
この3年間の下落率は4.78%。筆者は驚きました。「そんなに下落率が大きくなるはずがない!!」
総務省統計局のCPIのサイトで、1970年以降のCPI(2010年=100)の推移を見ました。
CPI統計の対象の全品目で計算するCPI総合指数の3年間ごとの変化率は、表の通りです。

 総合指数では、3年間の下落率が3%を上回ったことは皆無です。
やはり、4.78%という下落率は異様に大きい。
総合指数の3年間の下落率が一番大きかったのは、2008年〜2011年の2.35%でした。
「あれっ、2008年〜2011年は厚労省が生活扶助相当CPIを計算した期間だぞ」

誰しも思う「なぜ2008年と2011年を比較?」

 厚労省が生活扶助費の削減案をまとめる作業をしていた2012年12月〜2013年1月中旬には、
2012年のCPIのデータは公表されておらず、2012年の生活扶助相当CPIは計算できませんでした。
そのため、比較の終わりの年を2011年にするのは仕方がなかったと思います。
 しかし、厚労省が比較の始めの年を2008年にしたのは不思議です。
生活扶助費の改定は、2004年に実施された後は、実施されないまま2013年1月を迎えていました。
こうした状況なら普通の感覚だと、比較の始めの年は2004年にします。
「どうして2008年にしたのだろう」と誰しも疑問を感じるはずです。

厚労省の計算結果は2008年〜2010年が特に異様

 物価指数の話は、グラフを見ながら考えると理解しやすいことが多いです。
下のグラフは、CPI総合指数と生活扶助相当CPIの推移を同時に示したものです。
総合指数は、2008年だけ大きく上昇しています。
2008年は、世界的に原油価格や穀物価格が大きく上昇した影響で、
物価が目立って高い年だったのです。
 このグラフを見ていると、厚労省の意図を誰しも勘繰りたくなります。
「生活扶助相当CPIの下落率を大きくするために比較の始点を2008年にしたのでは?」

 厚労省はなぜ、2008年と2011年の生活扶助相当CPIを比較したのでしょう。
その疑惑だけではありません。このグラフからは、もう一つ重要な事実が分かります。
グラフの2008年〜2010年の期間だけを注視してください。
生活扶助相当CPIだけ目立って下落率が大きいのです。
 下落率は約4.3%です。これは異様に大きな数字と言えます。
2年間の間に物価が4ポイントも下がったら、強烈なデフレです。
 筆者は、この数字を見たときに「何かカラクリがある」と思えました。
それ以来、粘り強く研究を続けたら、カラクリが解明できたのです。
そして、そのカラクリはそれほど難しいものではなかったのです。

物価下落率が膨らむ方式をあえて選択

 多くの国民は、政府が公表する物価指数を信頼していると思います。
ところが、2013年初めの厚労省はとんでもないことをしました。
 消費者物価指数の世界では、ラスパイレス方式という計算方式が主流です。
日本でも、消費者物価指数を担当する総務省統計局がラスパイレス方式で計算しています。
厚労省も、2010年〜2011年は統計局と同じ方式で計算しました。
ところが、厚労省は2008年〜2010年については、別の方式で計算したのです。
それがパーシェ方式です。厚労省の計算は、実質的にパーシェ方式になっているのです。
筆者がじっくり研究すると、重要な事実が分かりました。
「200X年〜2010年」といった具合に、比較する2時点の後の時点が2010年であると、
パーシェ方式で計算したときに物価下落率が異様に膨らむのです。
 生活保護世帯を罠に陥れました。詐欺的行政だと思います。
 先ほどのグラフの2008年〜2010年の期間をもう一度注視してください。
赤い線が厚労省の生活扶助相当CPIの計算値。104.5→100という推移です、
オレンジの線は、生活扶助相当CPIを統計局方式で計算した場合の計算値です。
101.8→100という推移。緑色の線のCPI総合指数は、102.1→100。
生活扶助相当CPIも普通に計算していたら、CPI総合指数と似た水準の下落率だったのです。

生活保護世帯の実情とかけ離れた計算

 厚労省の計算結果が生活保護世帯の実情と大きく食い違っている点も大問題です。
厚労省の計算では、2008年〜2011年の生活扶助相当CPI下落率4.78%のうち、
おおよそ3ポイント分は、テレビとパソコンの影響ということになっています。
 これもまた相当に異様な話です。生活保護世帯は貧しい。
貧しければ、支出額の割合は、食料や光熱費などの生活必需品が高くなり、
テレビやパソコンなど電気製品は小さくなります。
それなのに、厚労省の計算では、テレビやパソコンの値下がりの影響が大きいという理屈なのです。
 比較する2時点の後の時点が2010年であるときにパーシェ方式で計算すると、物価下落率が膨らみます。
そのときに大きく影響するのがテレビやパソコンなどの電気製品です。
 それでも、電気製品への支出額割合が低ければ、その影響が小さくなります。
生活保護世帯の実情が反映された計算ならそのようになります。ところが、そうはなりませんでした。
 物価指数の計算で使うデータは、計算対象の各品目の価格変化率と支出額割合です。
厚労省が使った支出額割合のデータは、一般家庭平均であり、生活保護世帯平均ではなかったのです。
 生活保護世帯の支出額割合が反映されたデータを使って、筆者は試算してみました。
2008年〜2011年の生活扶助相当CPIの下落率は0.64%と出ました。先ほどのグラフの紫色の線です。
得られたデータは充分なものではなく、この計算は概算にとどまります。
それでも、誤差はそれほど大きくなく、
筆者は「生活扶助相当CPIの真の下落率は1%未満の公算が高い」と判断しています。
 まとめておきましょう。厚労省の計算の問題点は大まかに言えば2つ。
2008年〜2010年の期間の計算でパーシェ方式を使ったことが一つ。
もう一つは、一般世帯平均の支出額割合で計算したことです。
この二つの要因によって、テレビやパソコンなどの影響が異様に大きくなって、
生活扶助相当CPIの下落率が膨らんだのです。
 「貧乏であまり買えない電気製品の値下がりのせいで生活保護費がばっさり削られた」。
 生活保護世帯には悪夢の構図になっているのです。

自民党の圧力に屈する

厚労省が生活扶助費の削減案を公表したのは2013年1月下旬です。
その頃の政治状況を思い出してください。
2012年12月の衆院選挙で、自民党・公明党の連合軍が圧勝して、安倍政権が誕生しました。
これが厚労省の削減案の検討に大きく関係しました。
 自民党は衆院選に向けた選挙公約に「生活保護給付水準の1割引き下げ」を盛り込み、
国民へのアピールポイントとして強調していました。下の画像を見て確かめてください。
 そして、政権獲得後すぐに直面したのが、生活扶助基準の問題でした。
2013年度の政府予算案を編成する中で、生活扶助基準をどうするか決める必要があったのです。
 厚労省は当時、社会保障審議会生活保護基準部会で学識経験者の意見も聞いて、
生活扶助基準の見直し内容を検討していました。内容は、ゆがみ調整が中心でした。
2013年1月中旬に公表された生活保護基準部会の報告書は、分かりにくい内容でした。
全体として基準を引き下げる方向とは読み取れたのですが、
引き下げに慎重な委員の意見も書いてありました。
 ところが、厚労省が1月下旬にまとめたのは、平均約6.5%という大幅削減案でした。
最大要因に挙げられたのがデフレ調整です。
生活保護基準部会では、デフレ調整については一切議論されていませんでした。
生活保護利用者を支援する側では、呆然とする人が多かったのです。
 大幅な生活扶助費削減を求める自民党の圧力に厚労省が屈した形でした。


背景に生活保護バッシング





国会で野党が厳しく追及





全国各地で裁判闘争

 生活保護利用者の支援団体など多くの反対意見や国会での野党の追及もあったのですが、
2013年からの段階的な生活保護費の削減は結局、実行されてしまいました.
 しかし、反撃の手段が残されていました。
それが、生活保護費削減の行政処分の取り消しを求める訴訟です。
2014年から各地の地方裁判所への提訴が始まり、
現在は全国29カ所の地裁で展開されています。合計の原告数は1000人を超します。
 論点は、デフレ調整、ゆがみ調整、憲法との関連、国連人権規約との関連、
生活保護世帯の生活実態との関連などさまざまです。
 デフレ調整の論点では当然ながら、物価偽装問題が焦点になっています。
物価偽装のカラクリを丁寧に説明した筆者の意見書も、
名古屋、さいたま、富山、福岡、宮崎の地裁に提出されています。
筆者は「物価の論点では原告側が優勢」と判断しています。
 裁判の状況は、原告を支援する団体(いのちのとりで裁判全国アクション)のサイトでも確認ください。
物価偽装のカラクリを筆者がQ&A形式で説明するコーナーもあります。
ぜひ読んでいただきたいのは「当事者の声」のコーナーです。悲痛な訴えが胸を打ちます。


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